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山代温泉について

九谷焼のふるさとを訪ねて〜古九谷から吉田屋窯へ〜

「古九谷」の発祥

九谷焼のふるさとを訪ねて

九谷焼の特徴

日本を代表する色絵磁器。九谷焼の名称は、最初に焼成された場所が加賀国江沼郡九谷村(現在の石川県加賀市山中温泉の奥地)であることに由来します。藍青色のしっかりした線描(吾須・ごす)の上に厚く盛られた、九谷五彩(緑、黄、赤、紫、紺青)と呼ばれる和絵具による重厚な絵画調の上絵が特徴です。

古九谷と加賀百万石、前田家

九谷焼 九谷焼

加賀藩三代藩主・前田利常は、武治の加賀藩を文化の加賀藩に政策転換をさせた名君として知られています。その文化政策が百万石の財力と融合して、当時の加賀は当代一流の文化人の交流の場として栄えていました。
九谷焼の事業を企画したのは、加賀前田藩の支藩である大聖寺藩(現在の加賀市)の初代藩主・前田利治。江戸時代前期の明暦年間(1655-1658)、陶工・後藤才次郎が有田で製陶法を学び、九谷村で焼いたのがはじまりです。しかし、諸般の理由から約40年間で廃窯。この期間に作られたものが「古九谷」と呼ばれています。
古九谷は17世紀以降、日本で作られた色絵磁器のなかでも、有田の柿右衛門、古伊万里、色鍋島や京都の仁清などと共に高く評価されています。題材の多くは、花鳥、山水、風景の図柄でほぼ統一され、そこには南蛮の影響とも取れる独自の特徴や表情を見出すことができます。当時全盛を誇っていた京都狩野派の画風が多く、また大和絵的なものや中国の影響を受けたもの、オランダの影響を受けたと思われるものなど、実にさまざまな図柄が描かれました。

吉田屋窯と豊田伝右衛門

吉田屋窯跡(九谷焼窯跡展示館)

吉田屋窯跡(九谷焼窯跡展示館)

豊田伝右衛門(四代目)自画像

豊田伝右衛門(四代目)自画像

以降80年間、九谷焼は空白のときが続きますが、小松の若杉焼で磁器生産に成功したことを受け、かつて古九谷を生み出した大聖寺藩でも、もう一度あのすばらしい古九谷のような磁器を復活しようという動きが興ります。
その中心人物が大聖寺の豪商・豊田伝右衛門。彼は文政7年(1824)、自らの私財を投入し、九谷村の古九谷窯跡の横に登窯を築き、翌年九谷焼を焼き始めます。古九谷と並び称される「吉田屋(豊田家の屋号)」の誕生です。しかし、2年もたたないうちに山代温泉の越中谷に窯を移してしまいます。九谷村の山は雪深く、交通が不便だったことがその理由です。しかし、こうした不便は開窯前から分かっていたはずであり、どうして最初に九谷村で開窯したのかという疑問が残ります。 それは、当時から焼物の名称は最初に焼かれた場所の地名が付けられるのが一般的であり、最初から山代で始めたのでは《山代焼》になってしまい、決して九谷焼の復活にはならないと考えたからだと思われます。こうした豊田伝右衛門の深慮によって九谷焼は復活し、現在まで続いてきました。
以後、この山代の窯が九谷窯といわれ、明治初年までは、この窯を中心とした旧大聖寺藩領内で作られたもののみが、九谷焼と言われていたのです。

九谷焼のふるさと、山代温泉

吉田屋文書(加賀市蔵)

吉田屋文書(加賀市蔵)

竹内吟秋画・九谷陶器会社見取図

竹内吟秋画・九谷陶器会社見取図

山代温泉へ移窯された吉田屋は、各所から集めた名工たちの技や整然とした組織体制により、高度な量産体制が敷かれて盛大に操業されました。作品は日用品が大部分を占めていましたが、芸術観賞品と量産方式の生活用品とがうまく併用して生産され、「古九谷」の正統な後継として、吉田屋の名声は高まる一方でした。
その後は、経営主体の変遷により、宮本屋窯、九谷本窯(藩営)、九谷陶器会社などへと引き継がれ、昭和15年(1940)年に新窯を築いて廃窯となるまで約115年間にわたり、ここ山代温泉で数々の名品が生み出されていきました。

現在の九谷焼

現在は、加賀市(旧大聖寺藩)のみならず、金沢から寺井・小松まで、県下広域に九谷焼の産地が形成され、石川県を代表する工芸品として、多様な作家や窯元が活躍しています。《九谷焼再興の地》山代温泉、大聖寺周辺でも多くの作家が活躍し、伝統的な九谷焼を継承する一方で、新感覚の技法や意匠も開発され続けています。

九谷焼のふるさとをめぐるおすすめスポット

※休業日、営業時間などは、事前に各施設までお問い合せください。

石川県九谷焼美術館

石川県九谷焼美術館大聖寺「古九谷の杜公園」に隣接して建つ。古九谷から、再興九谷、そして現代九谷へと、その様式に応じて、青手、色絵、赤絵の各展示室を回廊式に配置。九谷焼の変遷が名品を鑑賞しながら学べる仕組みになっている。目の前に四季を彩る花や樹木に包まれた公園が広がり、二階のカフェ”茶房古九谷”は、九谷焼の器でコーヒーを楽しめる。

石川県九谷焼美術館

九谷焼窯跡展示館

九谷焼窯跡展示館加賀の奥地・九谷村から移窯された吉田屋窯は、ここ、山代温泉・越中谷で初窯を焚いた。その巨大な登窯を発掘された状態のままで整備公開している。窯跡の覆屋の他に、展示棟では九谷焼の作業場を復元するほか、九谷焼の即売所、絵付体験工房もある。現存する貴重な九谷焼窯跡として、平成16年には国指定史跡に認定されている。

九谷焼窯跡展示館

古九谷窯跡

古九谷窯跡明暦元年(1655)、加賀の奥地・旧九谷村で初めて焼かれた九谷焼。その窯跡が、昭和45~46年にわたって行われた大々的な発掘調査により全容がほぼ明らかになった。現在は碑が建っており、国指定史跡に指定されている。

石川県加賀市山中温泉九谷町

古九谷窯跡

魯山人寓居跡いろは草庵

魯山人寓居跡いろは草庵北大路魯山人が若かりし頃に逗留していた旅館の離れを展示・公開。当時の雰囲気そのまに、ゆっくりとした時間を過ごすことが出来る。魯山人の才能を見抜き、九谷焼、作陶に開眼させたのも、ここ山代温泉の地であった。

魯山人寓居跡いろは草庵

九谷陶芸村

九谷陶芸村古九谷から現代までの作品を展示し、九谷焼の変遷する美の世界を堪能できます。 また、九谷焼の製造工程や技法・画風についての資料も常設展示しています。

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